一時帰国で感じたこと

ちょうど去年の今頃、ドイツを発ち日本へと向かった。

2018年、まだ平成だった頃に渡英して以来一度も帰っていなかった。

イギリスで令和を迎え、ドイツで三十路を迎えた。

久しぶりの母国。

夜、羽田空港に着いた時の興奮は今でも忘れない。

空港内に設けられた自動販売機やコンビニにテンションが上がり、まだ外にも出ていないのにお茶やおにぎり、お菓子などたくさんのものを買い漁る。

そこから電車を乗り継いで地元に着いた時、不思議と懐かしさみたいなものは薄れていた。

歩き慣れた道。

それにしてもなんて綺麗なんだ。

ヨーロッパであれば至る所に吸い殻や空き瓶等を見かけるが、日本ではゴミなんて当然の如く一つも落ちていない。

とにかく街全体が清潔で整然としていて、ある意味無機質のような、しかしそれでいて居心地の良さがある。

これが当たり前の日本を肌で感じ、あらためて民度が高いなと思った。

日本に帰ってきて早々まず驚いたのは実家に到着した際のこと。

家に入った途端、天井が低いことに気づく。

ヨーロッパのアパートメントは基本的に天井は高く、椅子に立って手を伸ばしても届かないくらいに高い。

日本で生活していた頃は天井の高さなんて気にしたことなかったが、まるで自分が巨人になったような気がした。

もう一つ衝撃だったのは室内の香り。

東南アジアなど他のアジアの国に訪れた時に感じるような、アジアの匂いがした。

これまで海外には散々行ってきたけれど、こんな感覚に陥ったのは初めて。

おそらく醤油やみりんといった調味料が発する香りの成分が壁に染み込んでいて、それらが自然と脳内でアジアの匂いとして変換されたのであろう。

数年ぶりとなる両親や親戚との再会はなんだか照れ臭かった。この何とも言えない独特な情緒がなんとも日本人らしい。

迎えた翌朝からというもの、とにかく忙しかった。

というのも滞在期間は一ヶ月もない。

この短い期間にできる限り日本を満喫しなければならない。

のんびりしている暇はなかった。

新宿、渋谷、原宿、上野、銀座、下北沢、吉祥寺、昔一人暮らししていたエリアに行ったり、母校の近辺を徘徊したりと東京中を駆け巡った。

父親と酒を飲み交わし、母親と買い物に出かけ、友人と遊んだ。

一時帰国中、ドイツのことなんて完全に忘れていた。

ベルリンにいる知人や職場のことなんて頭の片隅にもなかった。

それくらい日本滞在は楽しかった。

故郷を離れる日が近づくにつれて気は沈んでいく。

正直帰りたくなかった。

かつて慣れ親しんだ街は変わったようであり、変わっていなかった。

お気に入りの店もコロナ禍に閉店してしまったものもあれば、当時自分が通っていた時と全く同じメンツがまだ切り盛りしているお店もあり感動した。

多少の変化を除けば、あの頃の日本となんら変わりなかった。

変わったのは自分だった。

時折「もしかしたら日本にいた方が色々上手くいくんじゃないか」と思う瞬間がある。

海外生活なんてキラキラしているようで現実は違う。

どう足掻いても自分がマイノリティであることには変わりはないし、言語も違うし、ただ生活をするだけでも様々な障壁があり、これは海外に住んでいる限り存在し続ける。

日本人であるなら日本で暮らすという選択が最適解であり、何よりラクであろう。

しかし、海外には海外の良さがある。

それは自分がユニークな存在でいられること。

帰国もいよいよ間近のとき、ふと感じたものがあった。

仕事帰りの人々が待つ新宿駅のプラットホーム。

その喧騒の最中、自分がその人混みに埋もれていくような、そんな感覚を持った。

日本人に囲まれた日本人の自分は何者でもないただの人と化した。

ヨーロッパにいると、海外に住んでいる日本人だからこそ持つ、日本人としてのアイデンティティの意識というものがある。

職場では日本人(というよりアジア人)は自分ただ一人だけ。

人は自分の言動や行動を一日本人の思考として解釈する。

そういったこともあって誰かと時間を共有している時、常に自分の中で日本人として恥がないような行動をしよう、という意識がある。

それと同時に、ただ海外にいるだけなのに日本人であるというだけで少し特別な存在でいられる。(これは良い場合もあれば悪い場合もあるが)

だからこそ海外に住む上で日本人であるということを何かに活かせるのではないかと。

結論、今の自分にとって日本は旅行でたまに訪れる程度の距離感が丁度いいのかなと感じた。

やろうと思えば有休を使い毎年日本にも遊びに行ける。

正直現状欧州生活を続けること自体には固執していない。

帰ろうと思えばいつでも帰ることができる。

一つ自分を思い留まらせているのをあげるとするなら、それは帰国すればビザが失効し戻って来れなくなるということ。

要するに本帰国とは片道切符みたいなものである。

もちろん、また新たにビザを取ろうと思えば取れるのだが、海外在住者は周知の通りこの一連の作業は本当に面倒で何度もやりたいものではない。

しかしあと数年待てば無期限滞在の許可を得ることができる。

そうすればもっと自由になれる。

日本への本帰国という考えが頭をよぎった時、いつもこの無期限滞在のことを思い出し、せっかくここまで頑張ってきたのに今帰ってしまっては勿体無いという考えに落ち着く。

それに今の職場環境には満足している。

やりがいがあるし、自分の成長も感じられる。

今年は国内出張もしたし、海外出張も経験した。

働くことを考えても、ドイツのゆるさ(職種や職場による)に慣れてしまった今、日本の厳しい労働環境に耐えられる自信はなかった。

そうこう考えているうちに帰国の日を迎える。

今回の滞在で会えなかった人はたくさんいるし行きたいところもまだまだあるが、またいつでも戻って来れると自分に言い聞かせた。

忙しない日々だったが、日本での休暇を経て自分の中でモヤモヤとしていたものが少しばかりすっきりした。

想像していたよりも帰路につく足取りは軽くなった気がした。