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ドイツ・ハンブルクでビートルズゆかりの地「レーパーバーン」を巡る

カフェ「Manufact Coffee Roasters」でゆっくりしたあと、一旦コーヒーは置いておいてハンブルクの市内を探索することに。

ドイツ・ハンブルクにあるコーヒーショップ「Manufact Coffee Roasters」でダッチコーヒーを飲む

ハンブルクに来た理由は多々ありますが、その中でも一番の目的はタイトルにもある通り、ずばり「ビートルズ」。

ビートルズに馴染みのない方にはあまりピンと来ないかもしれませんが、ドイツ・ハンブルクはビートルズにゆかりのある土地なんですね。

まだ有名になる前、初代マネージャーであるアラン・ウィリアムズの斡旋で1960年にハンブルクへ遠征。

その後も複数回この地を訪れ、毎夜クラブでライブを行う下積み時代を過ごしました。

まだ若くやんちゃで無鉄砲だったビートルズは遊びつつも過密なライブスケジュールを毎日こなし、この時期ミュージシャンとして徹底的に鍛えられたからこそこの後の輝かしい成功があったと言えます。

“I grew up in Hamburg, not Liverpool.” なんていうジョンの発言も残っていたり。

ちなみに、自分は以前ロンドンに住んでいました。

ビートルズファンということもありまして、当時様々なゆかりの地を巡りました。(せっかくイギリスに住んでいたのにも関わらずリヴァプールには一度も行ったことないんですが)

ジョン・レノンとヨーコ・オノが出会ったインディカ・ギャラリー跡を訪れる かつてポール・マッカートニーが住んでいたアッシャー邸を訪れる ジョン・レノンとヨーコ・オノが住んでいた家を訪れる ポール・マッカートニーが住んでいたセントジョンズウッドにある家を訪れる

というわけで、今回はビートルズが若かりし頃に滞在していたハンブルクの街を巡りその足跡を辿ります。

ハンブルクでビートルズゆかりの地「レーパーバーン」を巡る

やってきたのはSバン、Reeperbahn(レーパーバーン)。

エリアでいうと、St. Pauli(ザンクトパウリ地区)。

レーパーバーンはドイツでは有名な歓楽街として知られています。

日中に訪れたので普段の雰囲気とは違うかも。

夜はネオンが煌々と輝きます。

あまり写せないものも多々。

さて、歩いてまわった順にその場所を紹介しようと思っていたんですが、そうすると話が前後してしまってややこしくなってしまうんですね。

なのでなるべくわかりやすいようにまとめてご紹介していこうと思います。

Beatles-Platz / ビートルズ広場

まずはここ、ビートルズ広場。

ビートルズがいたということで、記念に作られたもの。

正面からみると、メンバーがそれぞれ楽器を持って演奏しているように見えます。

ちなみに、当時のメンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフ、ピート・ベスト。(元々ドラマーはトミー・ムーアでしたが渡独前に交代)

リンゴ・スターはまだいません。

ハンブルクに来てからシルヴァー・ビートルズというバンド名もザ・ビートルズに変わります。

この広場の見どころは何よりこの足元でしょうか。

よくみるとレコード盤のようになっています。

数々の知られた名曲が。

刻まれているんですね。

ビートルズ広場自体は特にビートルズと直接関わりがあるわけではないのでこれくらいにして。

広場から続く道はGroße Freiheit(グローセフライハイト通り)。

ゆかりの場所はほぼこの通りにあります。

Indra Club / インドラ・クラブ

ここインドラクラブはビートルズは最初に演奏したクラブ。

1960年8月から10月頭まで、ここインドラで48日間連続で毎日演奏していました。

リヴァプールと同様にハンブルクも港町。

当時たくさんの荒くれ者がいたそうで、かなり無茶振りなども多かったことでしょう。

毎夜長時間にわたって演奏していたそうですが、自分たちの持ち曲は限られていますよね。

こういった環境の中で様々な曲を演奏し、鍛えられていきました。

“Am 17. August 1960 betraten die BEATLES die Bühne des INDRA. Es war ihr erstes Deutschland Engagement und der Beginn einer großen Karriere.”

1960年8月17日にビートルズがこのインドラのステージに立ち、ここから素晴らしいキャリアが始まったと書かれています。

Kaiserkeller / カイザーケラー

インドラクラブは近隣からの苦情で騒音が問題となり、演奏ができなくなってしまいます。

その後次に演奏することになったのが、ここカイザーケラー。

1960年10月から11月終わりまで56日間連続で毎日演奏。

当時同じくリヴァプールからハンブルクへとやってきていて、カイザーケラーで演奏していたRory Storm and the Hurricanes(ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ)というバンドがいまして。

そのドラマーがリンゴ・スターでした。(リヴァプールでは当時無名だったビートルズに対し、ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズは人気バンド)

ここでビートルズとリンゴは交流を持つようになり、のちにメンバーに。(まだしばらく後ですが)

ピートがステージに立てない時はリンゴが代わりに出て、ビートルズでドラムを叩いたりしたらしい。

また、このカイザーケラーでクラウス・フォアマンや写真家のアストリット・キルヒヘア、ユルゲン・フォルマーらと知り合っています。

St. Joseph’s Church / 聖ヨセフ教会

そしてカイザーケラーのすぐ隣。

そこに聖ヨセフ教会があるんですが、ビートルズファンの間ではここはジョンレノンが悪さをした場所として知られています。

何をしたかについてはここでは触れませんが。

bambi kino / バンビ映画館

こちらはビートルズが住んでいたというバンビキノ跡地。

「キノ」とはドイツ語で映画館のこと。

当時ここにバンビ映画館があり、ハンブルク滞在中ビートルズはそこで寝泊まりしていました。

このバンビの絵が目印。

ビートルズの写真もありました。

“Hier wohnten die Beatles 1960”

1960年にビートルズはここに住んでいたと書かれています。

まぁとにかく汚くてひどい環境だったようですね。

警察署「Davidwache」

Polizeiとは警察のこと。

なぜこの警察署を紹介するのかということなんですが。

言葉を濁しつつ簡単に言うと、ポールとピートはその宿泊場所であるバンビ映画館で火遊びをしていたんですね。

それによって放火未遂で逮捕されてしまいました。

一晩拘束され、その後強制送還となりました。

ちなみに、それ以前にジョージは18歳未満にも関わらず深夜労働していたということで帰国させられています。

Top Ten Club / トップ・テン・クラブ

こちらはトップテンクラブ跡地。

現在はありません。

1961年に二度目の渡独。ビートルズはここ「トップテンクラブ」で演奏していました。

連続92日間演奏したということで凄まじいです。

Star Club / スター・クラブ

そしてこちらはスタークラブ跡地。

1962年にビートルズはここで演奏していました。

裏には記念碑が建てられています。

左上にあるビートルズの下にはLittle Richard(リトル・リチャード)の名前が。

このリトルリチャードでキーボードを弾いていたのがビリー・プレストン。

ビリープレストンは5人目のビートルズと言われていて、アルバム『Abbey Road』や『Let It Be』にも参加しているし、あのルーフトップコンサートでも一緒にプレイしています。

ビートルズがルーフトップコンサートした場所を訪れる アビーロードスタジオを訪れる

そのビリープレストンと知り合ったのがこのスタークラブなんですね。

Gretel & Alfons

そしてこちらはビートルズは通ったというバー。

“Ehemals die Stammkneipe der Beatles” ということでビートルズのたまり場だったそう。

Jägerpassage

ちょっとわかりずらい場所にありますが、ここも是非訪れておきたいところの一つ。

この場所はジョンが1975年に発表したアルバム『ロックン・ロール』のアートワークで使われた場所。

出典: Wikipedia

撮影されたのは1961年で手前に写っているのはポール、ジョージ、スチュ。

そして、この写真を撮ったのはカイザーケラー時代に知り合った写真家ユルゲン・フォルマー。

最後に

というわけで、いかがだったでしょうか。

そもそものハンブルク遠征の経緯や現地での逸話等は本当にたくさんあり書ききれないので、なるべく簡潔にまとめてみました。

ビートルズファンなら是非一度は訪れる価値あり。

そのうちリヴァプールにも訪れたいなと思います。

ドイツ・ハンブルクにあるロースタリー・コーヒーショップ「Nord Coast Coffee Roastery」でランチしてみた